永野(芸人)がビンタして、炎上…から分かる男の度量

PONという番組で、芸人の永野がマジビンタしたとして、話題になっています。

どうやら松本大志というお天気お兄さんに、ガチでビンタしたと。

詳細は、YOUTUBEかなんかで検索してください。笑

他の人たちの言動から察するに、普段はいじられキャラなんでしょうか?

役作りのために、学ランでイカつい感じを醸し出しています。

そして男らしい声で「これが役者松本大志です」と一言。

そこに永野が反応、喧嘩のような雰囲気に。

不良っぽい感じで永野に近づきます。

そして怯える永野。

これは笑いでいうところの、フリですね。

永野がやられるかと思いきや、マジビンタ。

「えー」と思わず笑ってしまいました。

これぞ緊張と緩和、って感じです。w

思わず役者松本大志も少し笑っていますね。

ここまで思い切るからこそ、面白いのです。

役者の方はあくまで弱くおままがごとみたいなビンタをしたにも関わらず、永野はガチ。

この対比も面白いです。

ただネットの意見をみていると、「不快」という声も多数。

これは、何が違うのでしょうか?


笑いとは逸脱だが、逸脱が過ぎると理解できない


この永野の行動を批判している人たちのほとんどは、
・永野がマジビンタして、松本がかわいそう
というもの。

しかし、実は仕掛けているのは松本の方であり、永野がガチビンタ(風)をすることで笑いに昇華しました。

周りの人も止めている(風)に、永野を制止して場を盛り上げようとしていましたしね。

おそらくですが、あれで永野が弱くビンタして、両者にらみ合ってキス…というパターン、あるいは永野が抵抗するも松本に羽交い絞めにされて謝るパターン…色々と俺は考えましたが、永野がガチビンタが一番面白いと思ったのです。

なぜか?

それは、笑いとは逸脱であり、俺の考えを逸脱したからですね。

つまり、「え、そうきたんだ」ということです。

俺は普段からある程度会話をパターンで捉えるので、そういう人にはダチョウ倶楽部的な予定調和はあまり面白いと感じないのです。(もちろん、それはそれで味があるのですが…)

しかし、これは一般的な感覚ではありません。

視聴者はそんなことを考えていないため、むしろ予定調和ぐらいでちょうどいいのです。

ちょっとの逸脱で、十分笑うんですね。

今回のように逸脱が過ぎると、途端に意味が分からなくなり、不快に感じるということです。

これがダチョウ倶楽部のおでん食べるコントだったら、
「熱いおでん食わせるなんていじめだ!」
とはならないでしょう。

人は逸脱の範囲を超えた時に、不快に変わるということですね。

そしてその逸脱の範囲は、人によって違うということです。

この逸脱の範囲を常日頃から考えている男はほとんどいないため、こういうことを考えると男としての度量は確実にひろがります。

つまり、セックスしやすくなるということです。

ただ安直に「これはみて不快だ」とかいう男がセックスできるわけがありません。

視野が狭いからです。


視野を増やす=セックスできる可能性が高まる


女性を笑わせたいと思った時、相手の思う範囲をちょっと逸脱する感覚を身につければ、簡単に笑わせることができます。

女性を笑わすことができれば、距離を縮めることができますね。

距離を縮めることができるということは、セックスできる可能性が高くなるということです。

しかしほとんどの男性はこの逸脱という概念を知らないため、女性を笑わせることができません。

女性が思う範囲で笑わせようとしても予定調和でつまらない男の烙印を押され、逸脱しすぎても今回のように「不快だ」みたいにブーブー言われてしまうのです。

そこを論理的に「笑いというのは~」みたいにこのブログのように(笑)説明しても、女性は納得しないのです。

あと俺が思うに、女性はそこまで面白いディープな笑いを求めていないので、ほんのちょっとの逸脱でいいのです。

ただ、実際にはそのほんのちょっとが女性によって違う、という話なんですけどね。

そのためには、日ごろから「こいつは何を考えているのかな?」と人の視野を増やしていくしかありません。

そうすることで、女性と波長を合わせることも上手くなっていくんですね。

芸人永野のビンタの話から、男の度量の話になり、最終的にはやはり女性とセックスする話になってしまった…。

俺が言いたいことをまとめます。
・笑いとは逸脱だが、度が過ぎると危険
・その逸脱の範囲は人によって違う
ということです。

さらにこれを女性に応用することで、女性を笑わせることが簡単になるよ、という話でした。